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[実録]ママは単身赴任を始めました。36歳2児のママのホンネ。

月曜日の早朝5時半、自宅を出て、向かうは東京駅。新幹線に乗り込み、大阪へ。そこから金曜日までの5日間、子供、ダンナと離れて働く、単身赴任中のママです。

「出稼ぎ行ってくるねー、お土産待っててねー」

こーんなセリフを言いながら、春から始めた新しい生活も早く(2014年4月から)4ヶ月。2歳と5歳の息子たちもママが平日はいない生活も慣れて来たようです。うーん、子供は強い!

なぜ今?大丈夫?

小さい子供がいるのに、ママが単身赴任だなんて。転勤が決まり、単身で行くことを伝えたら、ほとんどの人からこう聞かれました。

一言で言うと、

”やってみないと、わからない!やってみたい!”

という性格から来る見切り発車なところも多分にあったのだけど、改めて決心した理由を振り返ってみました。

出産前と同じようにいつかは「バッターボックス」に堂々と戻りたかった。

夫も私も全国転勤ありの総合職。夫とは2人が働き続けるのは前提、お互いイキイキと幸せな毎日を過ごすには働くことは欠かせない、と話していた。けれど、 2人の子供の育休はそれぞれ半年で戻って必死だったものの、そりゃー前とは違って仕事を優先順位の1番に持って来れない。

夜のお付き合いや会合も行けないしね。実はここでいろんな情報も飛び交っていて、やっぱり侮れない。(THE・日本の会社っぽくて変えて行きたいけど、まだまだ現実)

同期男子や独身女子が時間も気持ちもたっぷりと仕事につぎ込むのを横目に、「落ち着いたらまたバリバリできるよ」って先輩ママたちの言葉を励みに、結局仕事ではゆるやかな30代を過ごすのかなと思ってました。

長い目で見ると、意外と未就学児の時期の方が親も動きやすい。

ふとあるとき、第一線に立ち続けているワーキングマザーの草分けの方の講演を聴く。女性だってバッターボックスに立ち続けろ、転勤も受けるべき。

それで、実は未就学児の方が、保育園をはじめとした手厚いサポートもあるし、子供の人間関係も複雑じゃないから、親も動きやすいのだ、というお話 を聞き、目からウロコ!いやーそんなことを言ってくれる人はいなかった(できるかできないかは別にして。ロールモデルって本当に大切)

意外と早くバッターボックスに戻れるの、かもしれない、私はそのとき思った。というかあとあとプライベートがもっと大変になる(子供の教育、親の介護)ならば、早めがいいのかも?全国転勤はまぬがれぬ運命だとしたら、転勤を遅らせることは、「問題先送り」してるだけなのかも。また早めに仕事経験を積みますことで能力もつき、働き続けるためのリスクヘッジになるんでは。

今の会社が好き、ここで働きたいという思い

もちろん家族は大好きで離れて暮らすのは寂しい寂しすぎる、それが正直な気持ち。転勤のない違う会社やフリーという選択肢もないではない。でも今の会社でもまだまだやりたいこともあるし、人もいい。

だから単身赴任になっても、それがどんなもんだか判断できない状態のまま、やめちゃえ!というのはとてももったいない気がした。

だからこそ冒頭の”やってみないと、わからない!やってみたい!”ということのなったのだ。そして4ヶ月経った今、”ふむふむ、思ったよりも行けちゃうね!”という実感。

転勤の内示。そして夫の反応

単身赴任を決めた理由を書きましたが、私は決してバリバリにキャリアを目指すほうではなく、どちらかというと、マイペースでずっと仕事もして、プライベートも犠牲にせずにやっていきたいな~という人間。

そんなゆるーいキャリア志向でもママで転勤なんて!?

いやいや、そういう人でもできちゃってる、最初から諦めずに選択肢の一つにしては?

ってことを知ってもらえたらな、と思ってます。

大阪!関西!!への転勤

さてさて、大阪への転勤がわかったとき、まず夫にメールで連絡。返ってきた返事は

「えー、それは遠いなあ……。ショックだけど色々と考えるしかないな。」

というもの。私自身も、5歳と2歳のやんちゃざかりの子供がいて、東京に生活の拠点があるので、東京での勤務継続がベターと考えてました。

ただ就職してから13年、結婚、出産などでずーっと東京以外で働くタイミングを逃していたこともあり、転勤はしたいな、毎日通える範囲の転勤ならできそうだよなー、と昨年あたりから考えていたのです。ワーママ歴も5年になり、仕事と家庭の両立には随分慣れていたので。

さらに、実家のある広島転勤なら子連れで行けそう。普段はジジババに子供達も可愛がってもらえ、週末は東京に1人で残ってるダンナに来てもらって、広島でまた新しい生活もなかなか面白そうだなーなんて。これまた勝手に想像し、会社にも一応伝えていました。

というわけで、東京でも広島でもない真ん中の大阪!関西!!まさに青天の霹靂!!完全にプランが崩れてしまったのです。まー、あとでよくよく考えると、転勤は会社員でいる限り「宿命」だし、希望の場所が空くかどうかはタイミング。

自分ではありえない、と思っていた場所だけど、もうすぐ5ヶ月を迎えるこの生活もなんとかなっちゃってる。

「運命」(大袈裟!!)

を受け入れることで自分の常識や枠を超えられるってこともあるのかも。もう転勤については怖いことないしね〜(笑)

というのが今回、学んだことです。

夫から渡された走り書きのメモ

さてさて、話を戻すと、転勤がわかったその日はちょうど下の子がお熱で午前中に夫が看病、午後から私がバトンタッチすることになっていました。メールでやり取りしてから2時間後、夫と最寄り駅で落ちあったのです。もう涙目で混乱している私に、「これ」と、渡された走り書きのメモ。そこには、

  • 朝食は6:30Skypeで
  • 毎週末は大阪から東京に帰宅or大阪に遊びに行く
  • なるべく連休にする(体力をつける)
  • 金曜日の夜のうち帰り、月曜の朝に戻る
  • 残業絶対ゼロ

……

そして、4-5月の毎週末の日にちが書かれていました。

「これは??」

と聞くと、私が単身赴任する場合のことを想定してみたとのこと。日にちは週末の会える日数です。金曜日東京に帰って、月曜に大阪に戻ると実は週7日のうち、3日は会える、つまり半分くらいは一緒にいられるよねと。

東京と大阪を毎週行き来している単身赴任パパのネットも調べて、いろんな交通手段もあることがわかったそう。新幹線のおトクな購入方法や夜行バスなど。

私自身、単身赴任など頭にも思い浮かぶ状態じゃなかったけど、やめる、断るという選択肢ではなく、まずはやってみる。ということを当たり前に考えてくれたことはとても嬉しかった。

さらに母親とはいえ子供を連れて行くのは実はリスクが高い(子供たちがせっかく慣れている保育園を離れることでの負担、新しい場所で保育園が見つからない可能性、異動で新しい業務に慣れるには残業などもあるだろう)

ことから、私だけが動く=単身赴任が実はいいんではないかと考え、情報収集をしてくれたことは本当に心強く、勇気が持てたのを今でも鮮やかに覚えています。

ウルウル。

夫と2人でたっぷり話し合い

「本当はなー。行かなくていいんじゃん」

なんていわれると気が楽だったのかもしれませんが(笑) きっと後悔することを見抜かれていたのでしょう。パートナーに理解があるから、
一言で言っちゃえばそうなのかもしれないけど、ダンナも合理的に考えてそうなったようです。(もちろん日々の生活でたくさん負担をかけるので工夫してます)

即決はできずその後も2人でたっぷりと話し合いはしたけれど、単身赴任というのが話し合いのベースになっていました。というわけで、単身赴任という賭けもありなのかなー、と思い始めた私ですが、最上級に心配なのは子供たち。

さてさてどんな反応をするやら。。

気持ちは「ずっと一緒にいたい!」

子どもたちと離れて過ごすかどうか・・・最大の問題の「検討会議」をしました。転勤を受けて新しいステップに踏み出そうとした私にとって、単身赴任以外にもいろいろな選択肢がありました。

大きなところでは

  1. 私子ども2人を連れて関西に行く
  2. 私が子ども1人を連れていき、ダンナが残りの1人と東京で暮らす
  3. ダンナが自分の実家(千葉県)に一時的に引越、ジジババと同居する

一番大事なことは

  • 子どもたちが毎日安心して、笑顔で過ごせる状態を作れること。
  • 親の私たちも精神的にも体力的にも安定していること。

当初、転勤という言葉で頭が混乱していた私にとっては、本当に寂しい、子供たちもそう。だからずっと絶対一緒にいたい。

母親と離れることで将来の子ども達に影響が出るんでは?

という気持ちがすごく大きかった。

でも無理な日常は絶対に続かない(夫婦生活と一緒!?)と思うのです。これまで東京で続けていた生活を極力変えないこと。それが、長期的に子どもにとって、家族にとっていいのでは。だから子どもを連れていくか、を検討して出した結論は

子どもへの負担・リスク・手間 > 母子3人で過ごす満足・安心(但し平日の限られた時間のみ)

となりました。気持ちは「ずっと一緒にいたい!」けど、改めて考えると今までも平日の限られた時間しか一緒にいないんですよね。

検討会議結果

本当にそれぞれの家庭、会社によって事情は異なるのですが、ちなみに私の場合のダンナとの検討会議結果。会社から紹介された関西の住まいは会社の単身寮。ひとりで住むには安全面、すぐに生活が始められる点で安心感がありました。ただ、ここでは子ども達は同居できないため、2人もしくは1人を連れていくには自分で住む場所を探す、家電をはじめとした生活用品もすべて揃える必要がありました。

そして何よりの問題は、子どもの預け先。

待機児童の問題は東京だけではなく、大阪市や吹田市も同じような状況とのことでした。保育園を申し込むには私の住民票は、移動しなくてはならず、また3月のタイミングからの申込みで、4月新学期に入れる可能性はほぼゼロです。(東京でも苦労してようやくようやく入れた現在の保育園。働く父母にとって高すぎるハードルの早期解決を切に望みます。)

もし入れたとしても、

  • 新しい保育園のお友達や先生
  • ルールや文化に慣れること(巨人ファンな長男が阪神ファンになるかも?!)

などなど負担は大きそうです。病気になったときはどうしましょう。

東京では、夫の実家が自宅から片道1時間半のところにあり、どうしても私も夫も会社を休めないときは面倒を見てもらっていました。この大事なヘルプも新しい場所ではすぐに受けることができません。(地域のファミリーサポートも申込み、面談など、新しい職場環境・子ども達もいる中でとても余裕ができそうにないです)

異動当初は効率が悪く、人間関係もできていないので、すぐに休むっていうのも正直気がひけるし、やりたくないっていうのがホンネ。

ハイ、夫への負担はハンパないです

選択肢その3の「ダンナが自分の実家」というのも、子ども達の保育園転園は避けられず、万が一の風邪のときには安心ですが、夫の通勤がかなり遠くなってしまい、親が精神的・体力的に安定することができなくなりそう。(毎週末、私が行っても落ち着かないし、これもホンネ(笑))

一方で今の生活を続けた場合・・・

ハイ、夫への負担はハンパないですね。

みんなに言われます。実は子どもができてから残業体質を改めていたダンナ。今まで以上に徹底的に効率的な働き方をするという新たなチャレンジをしてくれることになりました。(これについては、現在進行形でどうにか私が、サポート、代替できないか模索中)

育児家事の負担については、私がやっていた分が行くので、量が想像できます。

だから、やってたことをやめたり、代替したり、時期をずらす(土日に私がやる)ってことで対応できそうです。(仕事の業務整理と同じ発想で)悩みに悩んだ落としどころ。だいぶん、心が決ってきました。

いよいよ子どもたちに伝えるときがやってきました。

ついに子供たちに伝える時・・・

伝える前はドキドキ。

大泣きしちゃう?怒っちゃう?それとも分かってくれないとか…?

あくまで東京の家が本拠地で、毎週出張に行くだけそういう風に伝えたくて、いろいろ言葉を考えました。

そうしてある日の夕食でいよいよ発表

「ママから発表があります!ママは来月から平日は出稼ぎに行ってきます!」

長男も次男もポカン(笑)考えたものの、出稼ぎって言葉の選択肢がイマイチだったようです(笑)

あ、つまりね、月曜日におうちから出かけて、金曜日には戻ってくるんだよ。長男5歳は少しわかったようで、ふむふむ、でも現実的ではないような顔。下の子は相変わらず、ポカン、です。

まあ、転勤その日までしばらくあるから何度か伝えて行こう。

夫婦でも同じ言葉で話すこと

あとかわいそう、ごめんね、は絶対禁句というのも話し合いました。保育園にも子供達が不安定になるかもしれない、ということは伝えておき、先生方も気にかけてくれました。

あと、ママ友パパ友からもたくさん激励の言葉。ヘルプするよって言われて、涙が出るほど嬉しかった。子育てを通じた仲間たち、戦友です。子育てを通して私自身も大切な仲間の存在を改めて気づくことができて良かった。

ベースは家族

転勤までのカウントダウンの数日は、本当に家族とたくさん過ごしました。送別会を開くよ、というお誘いも、オフシャルなもの以外はありがたくお断りして、家族と普通の夜ご飯の時間を過ごしました。

何と言っても私のベースは家族だから。

それが本当に大きかったです。平日離れた今、やっぱり大切に過ごしておいて良かったなぁ。きっとママだから、ではなく、パパの単身赴任も同じ気持ちでしょう。家族と離れてまでやるべきこと、人生においてどれだけあるかは人それぞれでしょう。

でも周りを見ていても、間違いなく私たちの親の世代とは違う価値観で生きています。単身赴任という仕組みが、会社という組織に必要かもしれないけど個人の価値観が変わる中で、合わなくなってきているのは確かだな、そんなことも思ったりします。

いよいよ離れる時

さて、話を戻して、お別れ、いや出稼ぎの日が近づいて来ました。引越しのお手伝いも兼ねて、家族全員で関西へ。新しい住居が今の所よりゆとりがあり、子供達は走り回って何やら楽しそう。

”このまま普通に楽しくバイバイできたらなー”

最終日、新幹線のホームまで私が見送り、家族は東京行きののぞみに乗り込みます。あれ?私だけが乗らないのを見て、下の子はようやく異変に気付いたよう。車窓越しに大泣きしている声、顔が見えてきました。上の子もなんだか寂しそうです。

プシュー

無情にも当たり前に閉まるドア。声は聞こえないけど、大泣きの様子が小さくなる窓越しに見えて…新幹線の赤いランプをぼんやり見ながら、1人ホームで号泣してました。

”あー私、やってけるのかなぁ”

そういう思いがこみ上げてきます。でも。やってみよう。自分で決めたことだから。そんな気持ちで駅を後にしたのでした。

 

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